ビットコインの基本

ビットコインキャッシュ

ビットコインキャッシュ

2017年8月に起こったビットコインの分裂騒動では、ビットコインのブロックチェーンがハードフォーク(分岐)したことで、新たな仮想通貨ビットコインキャッシュ(Bitcoin Cash)が誕生しました。本記事では、分裂騒動が起こった背景、分裂前後の動き、そして分裂騒動が残した教訓を振り返ります。

ビットコインが分裂した背景

スケーラビリティ問題

ビットコインは、ユーザーによるトランザクション(送金)の情報をブロックチェーンと呼ばれる分散型の台帳に記録しますが、記録できるデータ容量には制限があります。ビットコインでは、ブロック1つあたりの上限(ブロックサイズ)が1MBと決まっているため、1秒間に3〜7件程度のトランザクションしか処理できないのです。

この処理能力は、ビットコインの需要を考えると不十分です。この状態でトランザクションの件数が急増すると、送金手数料が高騰したり、送金が確認される(ブロックチェーンに取り込まれる)まで時間がかかるといった問題が発生します。このように、ブロックチェーンの処理能力の限界が引き起こす問題を「スケーラビリティ問題」と呼びます。

スケーラビリティ問題に対する解決策として、(1)ブロックサイズを拡大する、(2)SegWitという仕組みで処理能力を向上させる、という2つの案がありました。2015年〜2017年のビットコインコミュニティでは、前者を支持するビッグブロック派と、後者を支持するスモールブロック派の間で激しい対立が繰り返され、この対立は俗に「ブロックサイズ戦争」と呼ばれます。

ブロックサイズの拡大

スケーラビリティ問題を解決する最も単純な方法は、ブロックサイズを拡大すること(ビッグブロック)によって、ブロック1つあたりに記録できる容量を増やすことです。具体的には、ブロックサイズを8MBに引き上げた上で、その後も2年ごとに倍増させることを繰り返し、最終的には8GBまで拡大するという計画が持ち上がりました。

しかし、ブロックサイズの拡大にはビットコインの分散性が損なわれるという懸念がありました。ブロックサイズが1MBであれば、Raspberry Pi(ラズベリーパイ)のような低価格・低消費電力のコンピューターでも、ビットコインのフルノード(ブロックチェーンの全記録を保存するノード)を立ち上げることができます。SSD、ケース、電源などを加えても、4万円程度で必要な機材を調達することが可能なのです。

一方、仮にブロックサイズが8GBまで拡大された場合、フルノードに使うコンピューターには1PB(ペタバイト、1PB=1000TB)以上のデータを保存できるスペックが必要です。数百万円する高性能サーバーがないと参加できないようになれば、個人がノードを運営することは不可能になり、ビットコインの中央集権化を招くというのです。


さらに、ブロックサイズの拡大が後方互換性のない変更「ハードフォーク」であることも懸念材料でした。ハードフォークが発生した場合、新しいルール(今回の場合はブロックサイズの拡大)に対応するか、それとも旧ルール(1MBの上限)を守り続けるかは、P2Pネットワーク上の各ノードに委ねられます。どれだけのノードが新ルールに対応するかによって、2つのシナリオが考えられます。

1つ目のシナリオは、大多数のノードが新ルールを受け入れることを決め、旧ルールに従うブロックチェーンが消滅するケースです。この場合、新ルールに従うネットワークがビットコインと定義され、すべてのユーザーが新ルールの下でビットコインを使うことになります。このようなハードフォークは「アップグレード」とも呼ばれます。

多くのアルトコインでは、こうしたアップグレードは頻繁に行われています。なぜなら、プロジェクトの創設者など一部のグループが絶大な影響力を持ち、彼らの「鶴の一声」にコミュニティ全体が従うからです。しかし、ビットコインの考案者サトシ・ナカモトは2011年から音信不通で、コミュニティ全体に影響を及ぼせる人物は存在しません。

2つ目のシナリオは、新ルールを受け入れないノードが一定数あるケースです。旧ルールを守り続けるノードは、新ルールに基づいてマイニングされたブロックを受け入れないため、旧ルールのブロックチェーンは存続します。この場合、新ルールを容認するチェーンとの間で恒久的な分岐が起き、2種類のブロックチェーンが発生することになります。

その結果、ビットコインが「新ルールのビットコイン」と「旧ルールのビットコイン」の2つに分裂し、ハードフォーク前から持っていたユーザーは両方のコインを入手します。その後、2つのビットコインは別個の仮想通貨として残り、それぞれにいくらの価値があるのか、どちらが正統なビットコインであるかは市場が判断することになります。

多くのユーザーにとって「通貨の分裂」というのは理解が困難で、マイナーもどちらを掘るべきか混乱を招くことから、ビッグブロック派もビットコインの分裂は避けたいと考えていました。ビッグブロック派は様々なロビー活動を繰り返したものの、ブロックサイズ拡大に賛同するノードは少数派に留まり、ハードフォークを強行すればビットコインの分裂は確実となっていました。


ビットコインが分裂する可能性に加え、ハードフォークが悪き前例になる危険性も指摘されました。十分な議論なしにハードフォークが行われることが一般的になれば、一部の人たちが私利私欲のためにルールを変える障壁が下がることになります。ハードフォークを使えばあらゆる変更が可能になるため、2100万BTCという供給上限すら変えられてしまう恐れがあるのです。

なお、ビットコインのルールが変更された事例は過去にもありましたが、それらは後方互換性のある変更「ソフトフォーク」であるため、ルール変更に応じないノードが一定数存在したとしても、ブロックチェーンが恒久的に分岐することはありません。また、ソフトフォークで可能な変更は限られるため、セキュリティの向上など軽微な変更にとどまり、供給上限を含めた重要な変更は不可能です。

SegWitとライトニングネットワーク

ブロックサイズの拡大に反対するスモールブロック派は、ブロックサイズを拡大するハードフォークの代替案として、SegWit(Segregated Witness/セグウィット)というソフトフォークを提案しました。SegWitは、トランザクションのデータ構造を変更することで、1つのブロックに保存できるトランザクション数を最大で4倍程度まで増やすことを可能にする仕組みです。

SegWitはブロックチェーンの処理能力を上げるだけではなく、ライトニングネットワーク(Lightning Network)を実現するための道を開くものです。ライトニングネットワークは、ビットコインをブロックチェーンの外で取引する「レイヤー2」または「オフチェーン」と呼ばれるプロトコルで、送金時間や手数料を大幅に削減することが可能になります。

ビットコインの主要な開発者たちは、SegWitを使ってブロックチェーンの処理能力を拡大すると同時に、ライトニングネットワークを実用化する計画を推し進めました。SegWitが受け入れられるまでには紆余曲折があったものの、2017年5月に主要マイニング企業は8月9日にSegWitを有効化することで合意します。

しかし、ビッグブロック派はSegWitに反対を貫きました。SegWitはスケーラビリティ問題の解決に不十分であり、セキュリティ上の懸念を抱え、サトシ・ナカモトの理想とも異なると主張したのです。また、SegWitは有効化されただけでは利用できず、ウォレットや取引所が個別に対応しなければならないことも問題視されました。

最終的にビッグブロック派はビットコインの分裂を許容し、SegWitが有効化される8月9日より前に、ブロックサイズを8MBに拡大するハードフォークを決行すると発表します。ハードフォークによって新たに生まれる通貨は「ビットコインキャッシュ」と命名されました。

ビットコインとは何か?

ビットコインが分裂した直接の原因は、ブロックサイズを拡大するか否かの方向性の違いですが、その根幹にあるのは「ビットコインとは何か?」という哲学的な思想の違いかもしれません。

ビッグブロック派は、ビットコインは電子マネーのような支払い・送金の手段であり、改良を重ねて機能性や利便性を高めることで、日常的な支払いに使うユーザーも増えると考えました。逆に「資産」として貯め込まれるようになれば、支払い手段としての価値が損なわれるという理屈です。

一方のスモールブロック派は、ビットコインは金(ゴールド)のような価値の保存手段であり、資産として多くの人が保有するようになった後で、支払いの手段としても広まっていくと考えました。価値の保存手段には希少性が不可欠であり、それは供給量を恣意的に変えられないという不変性によって実現します。

その不変性は、ネットワークが不特定多数のユーザーによって共同管理されているという分散性によって維持されています。分散性を実現するためには、誰でも自由にネットワークへ参加できる環境でなくてはなりません。ブロックサイズの拡大で参入障壁が上がれば、資金力のある一部の人たちに乗っ取られてしまう恐れがあるのです。

ビットコインが分裂するまで

ビットコインXT

ビットコインの分裂が起こったのは2017年8月ですが、事の発端はその2年前まで遡ります。2015年6月、ビットコインの開発者だったギャヴィン・アンドレセンは、ブロックサイズを8MBに引き上げた上で、その後も2年ごとに倍増させることを繰り返し、最終的には8GBまで拡大するという計画「BIP101」を発表しました。

同じく開発者だったマイク・ハーンもこの計画を支持し、最大8MBのブロックサイズを実装したクライアントソフト「ビットコインXT」をリリースします。しかし、BIP101は他の開発者やマイナーの賛同を得ることはできず、ビットコインXTを動かすノードが拡大することもありませんでした。

自らの意向が受け入れられなかったハーンは、2016年1月に「ビットコインは失敗した」と主張する記事を発表し、ビットコインの開発者を辞任するとともに、保有していたビットコインをすべて売却したと明らかにしました。アンドレセンは、その後もブロックサイズの拡大を模索し続けましたが、賛同する開発者は限られていました。

ビットコイン・アンリミテッド

2017年3月、ビットコインの「伝道師」と呼ばれていたロジャー・バーと、大手マイニング企業ビットメイン(Bitmain)の創業者ジハン・ウーが手を組み、ブロックサイズの拡大を採用した「ビットコイン・アンリミテッド(Bitcoin Unlimited)」というハードフォークを提案しました。

ビットコイン・アンリミテッドは、従来のビットコインから大多数のユーザーが移行するという前提で、ビットコインの「後継」となることを目指していました。つまり、ビットコイン・アンリミテッドが誕生した暁には、アンリミテッド側のコインが「ビットコイン」の名称と「BTC」のコードを引き継ぎ、従来のビットコインは使われなくなるという目論見だったのです。

しかし、多くの仮想通貨取引所はビットコイン・アンリミテッドに「BTU」というコードを付け、ビットコインとは異なる仮想通貨として上場の準備を始めました。また、ビットコインを置き換えるためには、マイナーの60%〜70%の支持を得ることが必要でしたが、市場価値の不透明なアンリミテッドに移行するというマイナーは少数派にとどまりました。

結果として、ビットコイン・アンリミテッドのハードフォークが実行されることはなく、一連の計画は失敗に終わりました。しかし、プロジェクトの賛同者たちは計画を練り直し、その約4カ月後にビットコインキャッシュが誕生するきっかけとなりました。

SegWitとUASF

2015年12月、3人のビットコイン開発者がSegWitの仕組みを提案し、ソフトフォークでスケーラビリティ問題を解決できる方法を示します。しかし、ブロックサイズの拡大と同様、SegWitも当初はマイナーの支持を得ることができませんでした。議論が繰り返される間も、ビットコインのトランザクションは増加の一途を辿り、2017年に入ると送金手数料の高騰が深刻な問題になります。

SegWitの支持者たちは「UASF(User Activated Soft-Fork)」という強硬策に出ることで、マイナー陣営にSegWitを受け入れさせようとしました。具体的には、UASFに協力する有志が運営するノード(UASFノード)は、SegWitが有効になっていないブロックを、2017年8月1日以降受け付けないというものです。

UASFノードが多数派になった場合、マイナーが8月1日以降に非SegWitのブロックをマイニングしても、そのブロックから得られた報酬はノードから拒絶され、事実上使えなくなってしまう恐れがあります。これはマイナーにとって大きな損害であることから、マイナーもSegWitに応じざるを得なくなるという目論見でした。

2017年5月、マイナーや取引所など22カ国58社の関連企業が会合を開き、UASFを回避すべく「ニューヨーク合意」を取りまとめます。その中身は、マイナーがSegWitの有効化を賛成するとともに、11月にハードフォークでブロックサイズを2MBにする(SegWit2x)というもので、SegWitとブロックサイズ拡大の両方を取り入れた「妥協案」とも言えるものでした。

ニューヨーク合意によって、SegWitが有効化されることは確実になりました。しかし、ビットコインの主要な開発者は合意に参加しておらず、ブロックサイズを2MBに拡大する計画は支持を集めることができませんでした。その後にビットコインキャッシュが誕生したこともあり、ブロックサイズを2MBにする計画は廃案となっています。

一方、それまでブロックサイズの拡大を目指していた陣営は、SegWitがセキュリティ上の問題を抱えていると主張して合意に反発しました。そして、SegWitが有効化される8月9日より前にブロックサイズを8MBに拡大するハードフォークを実行すると発表します。その後、ハードフォークによって生まれる通貨は「ビットコインキャッシュ」と命名されました。

ビットコインキャッシュの誕生

2017年8月1日、ビッグブロック派はビットコインのブロックチェーンをハードフォークすることで、ブロックサイズを8MB(後に32MBまで拡張)にしたビットコインキャッシュを生み出しました。ハードフォーク以前からビットコインを保有していたユーザーは、同数のビットコインキャッシュを自動的に入手しました。ブロックサイズ戦争はコミュニティの内紛から、仮想通貨間の市場競争に姿を変えたのです。

ビッグブロック派の従来の計画が「ビットコインを置き換える」こと目指していたのに対し、ビットコインキャッシュはビットコインと(少なくとも一定期間は)両立することを容認していました。市場競争によって従来のビットコインが淘汰されれば、ビットコインキャッシュがその後継として使われるとビッグブロック派は考えたのです。

つかの間の栄光

2017年当時の仮想通貨市場は、ICOの人気を背景としたアルトコインバブルの真っ只中にありました。多くの投資家が「ビットコインはもう高くなり過ぎた」と考え、ビットコインの次に値上がりする仮想通貨を探し始めた結果、主要なアルトコインは価格上昇率でビットコインを上回るようになります。そこに突如としてビットコインキャッシュが現れたのです。

ビッグブロック派は、ビットコインキャッシュこそがサトシ・ナカモトの理想を体現した「本物のビットコイン」であり、ビットコインの地位を置き換えるのは時間の問題だと声高に訴えました。また、ビットコインは一部の開発者によって私物化され、彼らの利益のためにユーザーは不便を強いられているというネガティブキャンペーンを繰り広げました。

ビッグブロック派の間では、ハードフォーク前から持っていたビットコインを売却し、その資金でビットコインキャッシュを買い増すという運動が広がりました。さらに、マイナーや取引所を含めた多くの仮想通貨企業から支援を得ていたこともあり、ビットコインキャッシュを基軸通貨として使う取引所まで現れました。

2017年末にはビットコインの送金手数料が急騰し、一時は50ドル(当時のレートで約5600円)を超えるなど、銀行の国際送金よりも高い水準になりました。この事態は、ビットコインは手数料が高過ぎて使い物にならず、代わりに高速・低コストなビットコインキャッシュを使うべきだというビッグブロック派の主張を裏付けるものでした。

当時のビットコインキャッシュは、ビットコインを置き換えるまでの影響力こそありませんでしたが、ユーザー、マイナー、取引所の間で一定の支持を獲得しました。2017年11月には、ビットコインの4割近くまで価格が上昇。時価総額でビットコインとイーサリアムに次ぐ、第3位の規模まで躍進しています。

相次ぐハードフォーク

ビットコインキャッシュが一定の成功を収めたことで、ビットコインをハードフォークするという手法を模倣した「フォークコイン」が乱立する事態を招きました。ハードフォークは誰でも自由にできる(これはビットコインキャッシュが証明しました)ことも相まって、2017年後半には様々なフォークコインが誕生しました。以下はその一例です。

  • ビットコインゴールド(Bitcoin Gold)
  • ビットコインダイアモンド(Bitcoin Diamond)
  • スーパービットコイン(Super Bitcoin)

ただし、ビットコインキャッシュが明確な目的を持って生み出されたのに対し、こうしたフォークコインの存在意義は不明瞭でした。2018年にアルトコインバブルが崩壊すると、フォークコインの価格は大暴落し、世間から注目される機会は少なくなります。一方、ビットコインキャッシュは時価総額ランキングの上位にとどまり続けました。

ビットコインキャッシュの再分裂

ビットコインキャッシュが分裂したことは、ビットコインコミュニティの内紛が原因でした。ところが、ビットコインキャッシュのコミュニティも一枚岩と言える状況ではなく、様々な利害関係を持った勢力が入り混じり、その中には私利私欲のためにルールを変えようと画策する陣営も含まれていました。

そして、ビットコインキャッシュは「既存のルールに不満があるなら、ハードフォークでルールを変えれば良い」という考えの下で生まれたため、その支持者もハードフォークによる分裂を是とする共通認識を持っていたと言えます。こうした理由から、ビットコインキャッシュは再分裂に悩まされることになりました。

ビットコインSV

2018年11月、サトシ・ナカモトを自称する実業家クレイグ・ライトが主導する形で、ビットコインキャッシュをハードフォークしたビットコインSV(Bitcoin SV)が生み出されました。同氏は、2016年頃から自身がサトシであると主張し続けており、2017年にはビットコインキャッシュ側の支持に回ったという経緯があります。

しかし、ライトは自身がサトシであることを示す明確な証拠を出すことはなく、サトシが保有するビットコインを移動させることもできていません。ビットコインコミュニティの大半は同氏がサトシだとは考えておらず、偽物を意味するFake(フェイク)とSatoshi(サトシ)を掛け合わせて「Faketoshi(フェイクトシ)」と呼ぶこともあるほどです。

ビットコインSVの陣営は、それまでビットコインキャッシュの開発を主に担っていたグループ「ビットコインABC」に対して戦いを挑みます。どちらが正当なビットコイン(キャッシュ)であるかを証明すべく、相手よりブロックチェーンを長く伸ばすことを目的に、両陣営が赤字を出しながらマイニングを続けるという「ハッシュ戦争」へ突入しました。

程なくしてハッシュ戦争は終戦を迎え、ビットコインABC側のコインが「ビットコインキャッシュ」の名称を引き継ぎましたが、ビットコインSVの存在は大きな禍根を残しました。挙げ句の果てには「ビットコインの支持者が、ビットコインキャッシュを貶めるために仕組んだものだ」という陰謀論まで飛び出す始末でした。

その後、バイナンス(Binance)、コインベース(Coinbase)、ロビンフッド(Robinhood)などの主要取引所はビットコインSVの取り扱いを停止し、現在の時価総額はビットコインの100分の1以下まで落ち込んでいます。しかし、ビットコインキャッシュの再分裂がこれで終わることはありませんでした。

イーキャッシュ

2020年8月、前述のビットコインABCが「マイニング報酬の8%を開発資金として徴収する」という方針を発表。マイニング報酬はマイナーの収益になるものであり、これは「マイナー税」だと批判が上がります。さらに、特定の関係者に無償でコインを割り当てることは、分散型のネットワークを目指すビットコインの理念とも相容れないものでした。

この動きに他の開発者やマイナーは猛反発し、マイナー税を排除したビットコインキャッシュ・ノード(Bitcoin Cash Node)を立ち上げます。一方、マイナー税を導入したビットコインキャッシュABC(Bitcoin Cash ABC)は、市場からの支持をほとんど集めることはできず、当初の価格もビットコインキャッシュ・ノードの20分の1程度にとどまりました。

現在では、ビットコインキャッシュ・ノード側のコインを「ビットコインキャッシュ」と呼び、ビットコインキャッシュ・ノードという名称はそれを実装したソフトウェアを指します。また、ビットコインキャッシュABCはビットコインというブランドを捨て、通貨の名称をイーキャッシュ(eCash)に変更して再出発することになりました。

イーキャッシュを生み出したビットコインABCは、その3年前に「サトシ・ナカモトの理想を実現する」と主張しながら、ビットコインキャッシュを生み出した開発者グループです。しかし、イーキャッシュは名実ともにビットコインとは別物になってしまい、現在の時価総額はビットコインの2000分の1以下に過ぎません。

ビットコインキャッシュの低迷

ビットコインキャッシュが相次いで再分裂騒動を起こしたことで、その将来性には大きな疑念が湧き起こり、逆にビットコインの不変性が評価されるきっかけになりました。また、ビットコインキャッシュは支払いや送金の手段として利用されることを目指していましたが、そうした目的に実際に使われるケースは極めて限定的です。

事実、ビットコインキャッシュのトランザクションは少なく、ブロック1つあたり1MBで十分に収まるほどしかありません。ハードフォークの目的が「ブロックサイズを1MBから拡大するため」だったことを考えれば、32MBのブロックの大半を持て余している現状は失敗だと言わざるを得ません。

2018年頃までは、SMS経由で送金できるアプリが登場したり、支持者が集うイベントが頻繁に開かれるなど大きな盛り上がりを見せていました。しかし、ビットコイン建ての価格(BCH/BTC)は右肩下がりを続け、現在の時価総額はビットコインの200分の1以下まで低迷しています。それでは、熱狂が冷めてしまった理由は何でしょうか?

ビットコインの改善

まず挙げられるのは、ビットコインのスケーラビリティ問題が改善し、ビットコインキャッシュの必要性が低下したことでしょう。手数料の高騰が深刻だった2017年後半と現在を比較すると、問題が解決したとまでは言えないものの、いくつかの大きな進展が見られます。

最大の進歩は、SegWitが普及したことです。SegWitは有効化されただけでは効果がなく、ウォレットや取引所がそれに対応し、実際にユーザーがトランザクションで利用できることが必要です。現在では、主要なウォレットの大半がSegWitに対応し、バイナンスなど大手取引所の間でも対応が広がりました。

また、ネットワークの混雑度やトランザクションのサイズなどに応じて、最適な手数料を支払うようウォレットが改良されたことも重要です。2017年は「0.0001BTC」のように決まった額の手数料を使うことが一般的だったため、手数料を過剰に払ってしまったり、逆に少な過ぎて確認が遅れることが日常茶飯事となっていました。

さらに、ライトニングネットワークが実用化され、実際に少額決済に使われるケースも広がりました。ライトニングは過渡期にある技術であり、スケーラビリティ問題を完全に解決するものでもありませんが、それを補完・代替するプロトコルも提案されるなど、ビットコインのレイヤー2は盛り上がりを見せています。

目指すのはイーサリアム?

もう1つの理由として、ビットコインキャッシュの方向性が不明瞭になったことが挙げられます。当初のビットコインキャッシュは、ビットコインより高速・低コストの「支払い手段」という理念を掲げていました。ところが、2018年以降はさらに高速・低コストなアルトコインも現れ、その優位性が揺らぐ事態になりました。

ビットコインキャッシュの開発者は支払い手段以上のものを求め、独自トークンの発行やスマートコントラクトの機能を導入するなど、まるでイーサリアムと競合するかのような方向へ進みます。しかし、ソラナ(Solana)やBNBなどイーサリアムの地位を脅かすプラットフォームが現れる一方、ビットコインキャッシュがその一角に入ることはありませんでした。

さらには、ブロックサイズを1TBまで拡張することで、1秒間に700万回のトランザクションを処理可能にするという壮大な計画まで飛び出しました。この計画が進展することはありませんでしたが、もし実現していれば、自社でデータセンターを持っているような大企業以外はネットワークに参加できなくなり、金融機関の決済サービスと同じになっていたでしょう。

分裂騒動が残した教訓

ビットコインキャッシュの誕生とその後の混乱は、ビットコインに大きな教訓を残しました。具体的には、(1)ビットコインは価値の保存手段、(2)ビットコインの真価は不変性、(3)安い送金手数料は持続困難、という3つです。

ビットコインは価値の保存手段

1つめの教訓は、ビットコインは価値の保存手段だということです。ビットコインキャッシュの支持者は、ビットコインは支払い手段であるべきだと解釈し、支払い手段として普及すれば価値も上昇すると考えました。もっとも、支払い手段と価値保存手段は排他的なものではなく、この2つに「価値の尺度」を加えたものが通貨の3機能とされます。

ただし、この3機能は同時に実現できるものではありません。歴史を見ると、多くの通貨は価値保存手段として広まってから、支払い手段として使われるようになっています。つまり、ビットコインキャッシュが目指していたように、価値保存手段としての役割をスキップして、最初から支払い手段を目指すことは非現実的だったのです。

まず、ビットコインキャッシュが支払いに使われるためには、それを多くの人が保有していることが必要です。しかし、最初から皆が持っている通貨は存在しないため、これから保有者を増やさなければなりません。そして、保有者数が増加するということは、その通貨に対する需要が増加するということであり、結果として価格の上昇を招きます。

ところが、今後の価格上昇が予想されるのであれば、今すぐ支払いに使ってしまうことは機会損失になるため、値上がりするまで貯めておいた方が得策だということになります。結果的に、ビットコインキャッシュが支払いに使われる機会は少なくなり、その存在意義が揺らぐことになりました。

それでは、ビットコインが価値保存手段として確立するのを待ってから、支払い手段としての利用拡大を目指す場合はどうでしょうか。この場合でも、価値保存手段として保有者が増えている間は価格が上昇し、価格上昇が続いている間は支払い手段として普及はしません。これはまさに、現在のビットコインの状態です。

保有者数がある程度の規模に到達すると、新たにビットコインを購入する人は少数派になり、価格の大幅な上昇は見込めなくなります。その代わり、多くの人がビットコインを保有し、かつ価格が安定しているので、支払い手段としては適した状態になっています。つまり、最初は価値の保存手段だったものが、支払い手段としても機能するようになるという訳です。

ビットコインの真価は不変性

2つ目の教訓は、ビットコインの真価は不変性だということです。ビットコインキャッシュは、ルールを頻繁に変更することで、機能性や利便性を向上させようとしました。しかし、ルール変更のハードルが下がったことで、資金力や影響力のある勢力が恣意的にルールを変えようとしました。その結果が、ビットコインSVやイーキャッシュです。

ビットコインのようなP2Pネットワークは、同じルールに従うコンピューターの集団だと考えることができます。ルールに従う限りは誰でも自由に参加できますが、ルールから逸脱した動きは他の参加者から排除されます。ルールを変えるということは、ビットコインのネットワークから抜け出して、新しいネットワークを立ち上げることを意味します。

誰かがルールを変更しようとすれば、新しい仮想通貨「ビットコイン○○」が誕生するだけで、ビットコインのネットワークが変わることはありません。そして、そのビットコイン○○が市場から受け入れられるかは未知数であるため、既存のビットコインから移行することには大きなリスクが伴います。

ビットコインの参加者は多様かつ複雑な利害関係を持っており、お世辞にも一枚岩とは言い難いシステムです。それでも彼らが一致団結してビットコインを支える理由は、「既存のルールを守れば利益になるが、ルールを変えようとすることはリスクを伴う」という経済合理性によるものです。

ビットコインが機能性や利便性によって支持されているなら、ビットコインキャッシュはとうの昔にビットコインを置き換えていたでしょう。ビットコインの価値を生み出すのは不変性であり、それが保たれているからこそ価値の保存手段として機能するのです。

低い送金手数料は持続困難

3つ目の教訓は、低い送金手数料は持続困難であるということです。ユーザーが支払った送金手数料は、ブロック報酬(新規供給されるコイン)と合わせてマイナーの収益になります。送金手数料が安いことは、手数料を支払うユーザー側にとっては魅力的ですが、手数料を受け取るマイナー側にとっては死活問題です。

ビットコインキャッシュが誕生した2017年は、ブロック報酬がまだ高かった(1ブロックあたり12.5BCH)ため、送金手数料が低いことはそれほど問題になりませんでした。しかし、ビットコインキャッシュにも、ビットコインとまったく同じ半減期が存在します。つまり、約4年ごとにブロック報酬は半分に減少し、最終的にはゼロになるということです。

現在、ビットコインキャッシュの送金手数料の合計は、1日当たり0.5〜1BCH(約3万5000円〜7万円)程度に過ぎません。ブロック報酬がゼロに近い水準まで下がった時、送金手数料が現在の水準から大幅に上昇しない限り、ハッシュレートの大幅な減少は避けられません。いわば、手数料の安さとセキュリティはトレードオフなのです。

それに対し、ビットコインは「堅牢なセキュリティ」と「安い手数料」を場面によって使い分ける方向に進んでいます。具体的には、高額な取引には堅牢なブロックチェーンを利用し、日常的な少額の支払いには高速・低手数料のライトニングネットワークで済ませるという方法です。

不動産の売買のような高額取引では、堅牢なセキュリティが最も重要になる代わりに、資金が相手に届くまで10分〜1時間程度を要しても問題にはなりません。一時的に送金手数料が高騰したとしても、送金金額が多いユーザーは納得するでしょう。つまり、ブロックチェーンは高額取引に向いているのです。

一方、スーパーやカフェでの支払いのような少額取引では、手数料の安さが求められことに加え、決済が短時間で完了することが理想です。そして、こうした日常的な支払いは高頻度で行われるため、そのすべてをブロックチェーンに記録し、全世界のノードと共有することは非現実的でしょう。少額取引には、ライトニングネットワークが適しているのです。

まとめ

ビットコインが分裂した直接の原因は、スケーラビリティ問題を解決するために「ブロックサイズを拡大するか否か」という方向性の違いです。ブロックサイズを拡大することは、容易に処理能力を増やすことができる一方、ビットコインの中央集権化を招く懸念があります。

もっとも、その裏にあるのは「ビットコインとは何か?」という哲学的な思想の違いだと言えます。ブロックサイズの拡大に賛同する陣営は「交換手段」としての機能性や利便性を高めるべきだと考えたのに対し、反対する陣営は「価値貯蔵手段」としての地位を先に確立するべきだと考えました。

両陣営の溝が埋まることはなく、2017年8月にハードフォークでビットコインキャッシュが誕生します。ハードフォーク以前からビットコインを保有していたユーザーは、同数のビットコインキャッシュを入手しました。当時はアルトコインバブルの真っ只中で、ビットコインの送金手数料が高騰していたこともあり、ビットコインキャッシュは脚光を浴びます。

ビットコインキャッシュは交換手段として普及することを目指していましたが、実際に支払いに使われる機会は極めて限定的でした。さらに、恣意的なルール変更をめぐって再分裂を起こし、ビットコインSVやイーキャッシュが誕生する結果を招きました。ビットコインのスケーラビリティ問題が改善したことも相まって、ビットコインキャッシュの価格は低迷しています。

ビットコインは、交換手段としての普及を急ぐよりも、価値の貯蔵手段としての地位を確立することを優先すべきです。価値の貯蔵手段には希少性が不可欠であり、それを維持するためには不変性と分散性が必要となります。また、安い送金手数料は持続困難な仕組みであり、少額の支払いはライトニングネットワークを利用することが一般的になるでしょう。

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