ビットコインの基本

ビットコインキャッシュ

ビットコインキャッシュ

2017年8月に起こったビットコインの分裂騒動では、ビットコインのブロックチェーンがハードフォーク(分岐)したことで、新たな仮想通貨「ビットコインキャッシュ(Bitcoin Cash/BCH)」が誕生しました。本記事では、分裂騒動が起こった背景、分裂前後の動き、そして分裂騒動が残した教訓を振り返ります。

ビットコインが分裂した背景

スケーラビリティ問題

ビットコインは、ユーザーによるトランザクション(送金)の情報を「ブロックチェーン」と呼ばれる分散型の台帳に記録しますが、記録できるデータ容量には制限があります。ビットコインでは、ブロック1つあたりの上限(ブロックサイズ)が1MB(メガバイト)と決まっているため、1秒間に3〜7件程度のトランザクションしか処理できないのです。

この処理能力は、ビットコインが全世界で支払いに使われるためには不十分です。この状態でトランザクションの件数が急増すると、送金手数料が高騰したり、送金が承認されるまで時間がかかるといった問題が発生します。このように、ブロックチェーンの処理能力の限界が引き起こす問題を「スケーラビリティ問題」と呼びます。

スケーラビリティ問題に対する解決策として、①ブロックサイズの上限を拡大する、②SegWitという仕組みで処理能力を向上させる、という2つの案がありました。結論から言えば、ビットコインが分裂した理由は「ブロックサイズを拡大するか否か」という方向性の違いによるものです。

ブロックサイズの拡大

スケーラビリティ問題を解決する最も単純な方法は、ブロックサイズの上限を拡大することによって、ブロック1つあたりに記録できる容量を増やすことです。具体的には、ブロックサイズを2年ごとに倍増させ、最終的には8GB(ギガバイト)まで拡大するという計画がありました。しかし、これにはビットコインの分散性が損なわれるという懸念がありました。

ブロックサイズが1MBであれば、Raspberry Pi(ラズベリーパイ)のような低価格・低消費電力のコンピューターでも、ビットコインのフルノード(ブロックチェーンの全記録を保存するノード)を立ち上げることができます。これに、SSD、ケース、電源などを加えても、3万円程度で必要な機材を調達することが可能です。

一方、仮にブロックサイズが8GBまで拡大された場合、フルノードに使うコンピューターには1ペタバイト(=1000TB)以上のデータを保存できるスペックが必要です。数百万円する高性能サーバーがないと参加できないようになれば、個人がノードを運営することは不可能になってしまいます。そうなれば、ビットコインの中央集権化を招くと同時に、セキュリティも低下します。

ブロックサイズの拡大には、もう1つの懸念がありました。それは、ビットコインのルールを変更したことが「悪しき前例」になるという可能性です。ルールが変更される事例は以前にもありましたが、それらは後方互換性のある変更「ソフトフォーク」であるため、ビットコインが分裂する心配はありません。

それに対し、ブロックサイズの拡大は後方互換性のない変更「ハードフォーク」であり、ネットワーク参加者の大多数が変更後のルールに対応する必要があります。それができない場合、変更前のルールを使い続ける参加者と、変更後のルールを採用する参加者の間でブロックチェーンが恒久的に分岐します。つまり、ビットコインが2つに分裂してしまうのです。

また、ソフトフォークで可能な変更は限られるため、セキュリティの向上など軽微な変更にとどまっていました。しかし、ハードフォークを使えばあらゆる変更が可能になるため、一部の関係者が私利私欲のためにルールを変えることも容易です。仮にそうなれば、2100万BTCという供給上限すら変えられてしまう恐れがあります。

SegWitとライトニングネットワーク

ブロックサイズの拡大に反対する開発者たちは、SegWit(Segregated Witness/セグウィット)というソフトフォークを提案しました。SegWitは、トランザクションのデータ様式を変更することで、1つのブロックに保存できるトランザクション数を最大で4倍程度まで増やすことを可能にする仕組みです。

SegWitはブロックチェーンの処理能力を上げるだけではなく、ライトニングネットワーク(Lightning Network)を実現するための道を開くものです。ライトニングネットワークは、ビットコインをブロックチェーンの外で取引する「オフチェーン」と呼ばれるプロトコルで、送金時間や手数料を大幅に削減することが可能になります。

ビットコインの主要な開発者たちは、SegWitを使ってブロックチェーンの処理能力を拡大すると同時に、ライトニングネットワークを実用化する計画を推し進めました。SegWitが受け入れられるまでには紆余曲折があったものの、2017年5月に主要マイニング企業はSegWitを有効化することで合意します。

しかし、ブロックサイズの拡大に賛同する陣営は、SegWitに反対の姿勢を崩しませんでいた。ライトニングネットワークは机上の空論であり、すべての取引はブロックチェーン上で処理されるべきだと考えたのです。最後まで両陣営の溝が埋まることはなく、結果的にビットコインの分裂を招きました。

ビットコインとは何か?

以上のように、ビットコインが分裂した直接の原因は、ブロックサイズを拡大するか否かの論争です。しかし、実際には「ビットコインとは何か?」という哲学的な思想の違いに基づくものかもしれません。具体的には、日常的な支払いに使われるような交換手段なのか、金(ゴールド)のような価値貯蔵手段のどちらかという議論です。

ブロックサイズの拡大に賛同する陣営は、ビットコインの本質は「交換手段」であり、改良を重ねて機能性や利便性を高めることで、日常的な支払いに使うユーザーも増えると考えました。逆に、ビットコインが「資産」として貯め込まれるようになれば、交換手段としての利用が減少することになります。

それに対し、ブロックサイズの拡大に反対する陣営は、ビットコインの本質は「価値貯蔵手段」であり、資産として多くの人が保有するようになった後で、交換手段として広まっていくと考えました。価値の貯蔵手段には「希少性」が不可欠であり、それは通貨政策を恣意的に変更できないという「不変性」によって実現します。

その不変性は、ネットワークが不特定多数の参加者によって共同管理されているという「分散性」によって維持されます。分散性を実現するためには、誰でも自由にネットワークへ参加できる環境でなくてはなりません。ブロックサイズの拡大で参入障壁が上がれば、資金力のある一部の参加者に乗っ取られてしまう恐れがあるのです。

ビットコインが分裂するまで

ビットコインXT

ビットコインの分裂が起こったのは2017年8月ですが、事の発端はその2年前まで遡ります。2015年6月、ビットコインの開発者だったギャヴィン・アンドレセン氏は、ブロックサイズを8MBに引き上げた上で、その後も2年ごとに倍増させることを繰り返し、最終的には8GBまで拡大するという計画「BIP101」を発表しました。

同じく開発者だったマイク・ハーン氏もこの計画を支持し、最大8MBのブロックサイズを実装したソフトウェア「ビットコインXT」をリリースします。しかし、BIP101は他の開発者やマイナーの賛同を得ることはできず、ビットコインXTを利用する参加者が拡大することもありませんでした。

自らの意向が受け入れられなかったハーン氏は、2016年1月に「ビットコインは失敗した」と主張する記事を発表し、ビットコインの開発者を辞任するとともに、保有していたビットコインをすべて売却したと明らかにしました。アンドレセン氏は、その後もブロックサイズの拡大を模索し続けましたが、賛同する開発者は限られていました。

ビットコイン・アンリミテッド

2017年3月、ビットコインの「伝道師」と呼ばれていたロジャー・バー氏と、大手マイニング企業ビットメイン(Bitmain)の創業者ジハン・ウー氏が手を組み、ブロックサイズの拡大を採用した「ビットコイン・アンリミテッド(Bitcoin Unlimited)」というハードフォークを提案しました。

ビットコイン・アンリミテッドは、従来のビットコインから大多数の参加者が移行するという前提で、ビットコインの「後継」となることを目指していました。つまり、ビットコイン・アンリミテッドが誕生した暁には、アンリミテッド側のコインが「ビットコイン」の名称と「BTC」のコードを引き継ぎ、従来のビットコインは使われなくなるという目論見だったのです。

しかし、多くの仮想通貨取引所はビットコイン・アンリミテッドに「BTU」というコードを付け、ビットコインとは異なる仮想通貨として上場の準備を始めました。また、ビットコインを置き換えるためには、マイナーの60%〜70%の支持を得ることが必要でしたが、市場価値の不透明なアンリミテッドに移行するというマイナーは少数派にとどまりました。

結果として、ビットコイン・アンリミテッドのハードフォークが実行されることはなく、一連の計画は失敗に終わりました。しかし、プロジェクトの賛同者たちは計画を練り直し、その約4カ月後にビットコインキャッシュが誕生するきっかけとなりました。

SegWitとUASF

2015年12月、3人のビットコイン開発者がSegWitの仕組みを提案し、ソフトフォークでスケーラビリティ問題を解決できる方法を示します。しかし、ブロックサイズの拡大と同様、SegWitも当初はマイナーの支持を得ることができませんでした。議論が繰り返される間も、ビットコインのトランザクションは増加の一途を辿り、2017年に入ると送金手数料の高騰が深刻な問題になります。

SegWitの支持者たちは「UASF(User Activated Soft-Fork)」という強硬策に出ることで、マイナー陣営にSegWitを受け入れさせようとしました。具体的には、UASFに協力する有志が運営するノード(UASFノード)は、SegWitが有効になっていないブロックを、2017年8月1日以降受け付けないというものです。

UASFノードが多数派になった場合、マイナーが8月1日以降に非SegWitのブロックをマイニングしても、そのブロックから得られた報酬はノードから拒絶され、事実上使えなくなってしまう恐れがあります。これはマイナーにとって大きな損害であることから、マイナーもSegWitに応じざるを得なくなるという目論見でした。

2017年5月、マイナーや取引所など22カ国58社の関連企業が会合を開き、UASFを回避すべく「ニューヨーク合意」を取りまとめます。その中身は、マイナーがSegWitの有効化を賛成するとともに、11月にハードフォークでブロックサイズを2MBにする(SegWit2x)というもので、SegWitとブロックサイズ拡大の両方を取り入れた「妥協案」とも言えるものでした。

ニューヨーク合意によって、SegWitが有効化されることは確実になりました。しかし、ビットコインの主要な開発者は合意に参加しておらず、ブロックサイズを2MBに拡大する計画は支持を集めることができませんでした。その後にビットコインキャッシュが誕生したこともあり、ブロックサイズを2MBにする計画は廃案となっています。

一方、それまでブロックサイズの拡大を目指していた陣営は、SegWitがセキュリティ上の問題を抱えていると主張して合意に反発しました。そして、SegWitが有効化される8月9日より前にブロックサイズを8MBに拡大するハードフォークを実行すると発表します。その後、ハードフォークによって生まれる通貨は「ビットコインキャッシュ」と命名されました。

ビットコインキャッシュの誕生

2017年8月1日、ブロックサイズの拡大に賛同する陣営は、ビットコインをハードフォークすることで、最大ブロックサイズを8MB(後に32MBまで拡張)にしたビットコインキャッシュを生み出しました。ハードフォーク以前からビットコインを保有していたユーザーは、同数のビットコインキャッシュを自動的に入手しました。

前述のビットコイン・アンリミテッドと異なり、ビットコインキャッシュはビットコインと(少なくとも一定期間は)共存することを想定していました。支持者たちは、市場競争によって「劣った」従来のビットコインが淘汰されれば、ビットコインキャッシュがその後継として使われると考えたのです。

つかの間の栄光

2017年当時の仮想通貨市場は、ICOの人気を背景としたアルトコインバブルの真っ只中にありました。多くの投資家が「ビットコインはもう高くなり過ぎた」と考え、ビットコインの次に値上がりする仮想通貨を探し始めた結果、主要なアルトコインはビットコインを上回る価格上昇率を記録します。そこに突如として現れたのが、ビットコインキャッシュでした。

ビットコインキャッシュの支持者は、ビットコインキャッシュこそがサトシ・ナカモトの理想を体現した「本物のビットコイン」であり、ビットコインの地位を置き換えるのは時間の問題だと声高に訴えました。また、ビットコインは一部の開発者によって私物化され、彼らの利益のためにユーザーは不便を強いられているというネガティブキャンペーンを拡大しました。

ビットコインキャッシュの支持者の間では、ハードフォーク前から持っていたビットコインを売却し、ビットコインキャッシュを買い増すという運動が広がりました。さらに、マイナーや取引所を含めた多くの仮想通貨企業から支援を得ていたこともあり、ビットコインキャッシュを基軸通貨として使う取引所まで現れました。

2017年の末にはビットコインの送金手数料が急騰し、一時は50ドル(当時のレートで約5600円)を超えるなど、銀行の国際送金よりも高い水準になりました。この事態は、ビットコインは手数料が高過ぎて使い物にならず、代わりに高速・低コストなビットコインキャッシュを使うべきだという支持者の主張を裏付けるものでした。

当時のビットコインキャッシュは、ビットコインを置き換えるまでの影響力こそありませんでしたが、ユーザー、マイナー、取引所の間で一定の支持を獲得しました。2017年11月には、ビットコインの4割近くまで価格が上昇。時価総額でビットコインとイーサリアムに次ぐ、第3位の規模まで躍進しています。

相次ぐハードフォーク

ビットコインキャッシュが一定の成功を収めたことで、ビットコインをハードフォークするという手法を模倣した「フォークコイン」が乱立する事態を招きました。ハードフォークは誰でも自由にできる(これはビットコインキャッシュが証明しました)ことも相まって、2017年後半には様々なフォークコインが誕生しました。以下はその一例です。

  • ビットコインゴールド(Bitcoin Gold/BTG)
  • ビットコインダイアモンド(Bitcoin Diamond/BCD)
  • スーパービットコイン(Super Bitcoin/SBTC)

ただし、ビットコインキャッシュが(ある程度は)明確な理念を持っていたのに対し、こうしたフォークコインの誕生意義は不明瞭でした。2018年にアルトコインバブルが崩壊すると、フォークコインの価格は大暴落し、世間から注目される機会は少なくなります。一方、ビットコインキャッシュは時価総額ランキングの上位にとどまり続けました。

ビットコインキャッシュの再分裂

ビットコインからビットコインキャッシュが分裂したことは、ビットコインコミュニティの内紛が原因でした。ところが、ビットコインキャッシュのコミュニティも一枚岩と言える状況ではなく、様々な利害を持った勢力が入り混じっていました。もちろん、その中には私利私欲のためにルールを変えようと画策する陣営も含まれていました。

そして、ビットコインキャッシュは「既存のルールに不満があるなら、ハードフォークでルールを変えれば良い」という考えの下で生まれたため、その支持者もハードフォークによる分裂を是とする共通認識を持っていたと言えます。こうした理由から、ビットコインキャッシュは再分裂に悩まされることになります。

ビットコインSV

2018年11月、サトシ・ナカモトを自称する実業家クレイグ・ライト氏が主導する形で、ビットコインキャッシュをハードフォークした「ビットコインSV(Bitcoin SV/BSV)」が生み出されます。同氏は、2016年頃から自身がサトシであると主張し続けており、2017年にはビットコインキャッシュ側の支持に回ったという経緯がありました。

しかし、ライト氏は自身がサトシであることを示す物的証拠を何一つ出すことはなく、サトシが保有するビットコインを移動させることもできていません。ビットコインコミュニティの大半は同氏がサトシだとは考えておらず、Fake(フェイク/偽物)とSatoshi(サトシ)を掛け合わせて「Faketoshi(フェイクトシ)」と呼ぶこともあるほどです。

ビットコインSVの陣営は、それまでビットコインキャッシュの開発を主に担っていたグループ「ビットコインABC」に対して戦線を布告。どちらが正当なビットコインキャッシュであるかを証明すべく、相手よりブロックチェーンを長く伸ばすことを目的に、両陣営が赤字を出しながらマイニングを続けるという「ハッシュ戦争」へ突入しました。

ハッシュ戦争は程なくして終戦を迎え、ビットコインABC側のコインが「ビットコインキャッシュ」の名称と「BCH」のコードを引き継ぎましたが、ビットコインSVの存在は大きな禍根を残しました。挙げ句の果てには「ビットコインの支持者が、ビットコインキャッシュを貶めるために仕組んだものだ」という陰謀論まで飛び出す始末でした。

その後、バイナンス(Binance)、コインベース(Coinbase)、ロビンフッド(Robinhood)などの主要取引所はビットコインSVの取り扱いを停止。2024年2月現在の時価総額は、ビットコインの約700分の1まで落ち込んでいます。しかし、ビットコインキャッシュの再分裂がこれで終わることはありませんでした。

イーキャッシュ

2020年8月、前述のビットコインABCが、マイニング報酬の8%を開発資金として徴収するという方針を発表しました。マイニング報酬はマイナーの収益になるものであり、これは「マイナー税」だと批判が上がります。さらに、特定の関係者に無償でコインを割り当てることは、分散型のネットワークを目指す理念とも相容れないものです。

この動きに他の開発者やマイナーは猛反発し、マイナー税を排除した「ビットコインキャッシュ・ノード(Bitcoin Cash Node/BCHN)」を立ち上げます。一方、マイナー税を導入した「ビットコインキャッシュABC(Bitcoin Cash ABC/BCHA)」は、ユーザーからの支持をほとんど集めることはできず、当初の価格もBCHNの20分の1程度にとどまります。

現在では、ビットコインキャッシュ・ノード側のコインを「ビットコインキャッシュ/BCH」と呼び、ビットコインキャッシュ・ノードという名称はそれを実装したソフトウェアを指します。また、ビットコインキャッシュABCはビットコインというブランドを捨て、通貨の名称を「イーキャッシュ(eCash/XEC)」に変更して再出発することになりました。

イーキャッシュを生み出したビットコインABCは、その3年前に「サトシ・ナカモトの理想を実現する」と主張しながら、ビットコインキャッシュを生み出した開発者グループです。しかし、イーキャッシュは名実ともにビットコインとは別物になってしまい、現在の時価総額はビットコインの1000分の1未満に過ぎません。

ビットコインキャッシュの低迷

ビットコインキャッシュが相次いで再分裂騒動を起こしたことで、その将来性には大きな疑念が湧き起こり、逆にビットコインの不変性が再評価されるきっかけになりました。また、ビットコインキャッシュは交換手段として利用されることを目指していましたが、実際に支払いに使われる機会は極めて限定的です。

事実、ビットコインキャッシュのトランザクションは少なく、ブロック1つあたり1MBで十分に収まるほどしかありません。ハードフォークの目的が「ブロックサイズを1MBから拡大するため」だったことを考えれば、32MBのブロックの大半を持て余している現状は「失敗」だと言わざるを得ません。

2018年頃は、SMS経由で送金できるアプリが登場したり、支持者が集うイベントが頻繁に開かれるなど大きな盛り上がりを見せていました。しかし、ビットコイン建ての価格(BCH/BTC)は右肩下がりを続け、現在の時価総額はビットコインの約200分の1まで低迷しています。それでは、熱狂が冷めてしまった理由は何でしょうか?

ビットコインの改善

まず挙げられるのは、ビットコインのスケーラビリティ問題が改善し、ビットコインキャッシュの必要性が低下したことでしょう。手数料の高騰が深刻だった2017年と現在を比較すると、問題が解決したとまでは言えないものの、いくつかの大きな進展が見られます。

最大の進歩は、SegWitが普及したことです。SegWitは有効化されただけでは効果がなく、ウォレットや取引所がそれに対応し、実際にユーザーがトランザクションで利用することが必要です。現在では、主要なウォレットの大半がSegWitに対応し、バイナンスなど大手取引所の間でも対応が広がりました。

ネットワークの混雑度やトランザクションのサイズなどに応じて、最適な手数料を支払うようウォレットが改良されたことも重要です。当時は「0.0001BTC」のように決まった額の手数料を使うことが一般的だったため、手数料を過剰に払ってしまったり、逆に少な過ぎて承認が遅れることが日常茶飯事となっていました。

さらに、ライトニングネットワークが実用化され、利用は増加傾向にあります。アメリカの取引所リバー(River)のレポートによれば、送金件数は2021年8月からの2年間で13倍以上に増加し、1カ月あたり660万件以上になったとされています。これはビットコインキャッシュの2倍以上の規模で、少額決済の役割を置き換えてしまったと言えるかもしれません。

目指すのはイーサリアム?

もう1つの理由として、ビットコインキャッシュの方向性が不明瞭になったことが挙げられます。当初のビットコインキャッシュは、ビットコインより高速・低コストの「交換手段」という理念を掲げていました。しかし、2018年以降はさらに高速・低コストなアルトコインも現れるようになり、その優位性が揺らぐ事態になりました。

ビットコインキャッシュの開発者は「交換手段」以上のものを目指すようになり、独自トークンの発行やスマートコントラクトの機能を導入するなど、まるでイーサリアムと競合するかのような方向へ進みます。当初は「本物のビットコイン」を謳っていたものが、いつの間にか「本物のイーサリアム」に変貌してしまったかのようです。

さらには、ブロックサイズを1TBまで拡張することで、1秒間に700万回のトランザクションを処理可能にするという壮大な計画まで飛び出しました。この計画が進展することはありませんでしたが、もし実現していれば、フルノードには数百ペタバイト以上のデータを保存できることが求められます。

ここまで来ると、自社でデータセンターを持っているような大企業以外はネットワークに参加できなくなり、金融機関が提供する決済サービスと同じになってしまいます。3万円程度で誰でも参加できるビットコインとは程遠い仕組みであり、もはや「ビットコインなのは名前だけ」になってしまったのかもしれません。

分裂騒動が残した教訓

ビットコインキャッシュの誕生とその後の混乱は、ビットコインに大きな教訓を残しました。具体的には、①ビットコインは価値の貯蔵手段、②ビットコインの真価は不変性、③低い送金手数料は持続困難、という3つです。

ビットコインは価値の貯蔵手段

1つめの教訓は、ビットコインは価値貯蔵手段だということです。ビットコインキャッシュの支持者は、ビットコインは交換手段であるべきだと解釈し、交換手段として普及すれば価値も上昇すると考えました。もっとも、交換手段と価値貯蔵手段は排他的なものではなく、この2つに「価値の尺度」を加えたものが通貨の3機能とされます。

ただし、この3機能は同時に実現するものではありません。歴史を見ると、大半の通貨は価値貯蔵手段として定着してから、交換手段として使われるようになっています。つまり、ビットコインキャッシュが目指していたように、価値貯蔵手段としての役割をスキップして、最初から交換手段を目指すことは非現実的なのです。

まず、ビットコインキャッシュが交換手段として機能するためには、大規模なユーザー基盤が必要です。しかし、最初から多数のユーザーを抱える通貨は存在しないため、持続的にユーザーを増やさなければなりません。ユーザー数が増加するということは、その通貨を多くの人が購入するということであり、結果として価格の上昇を招きます。

ところが、今後の価格上昇が予想されるのであれば、今すぐ支払いに使ってしまうことは機会損失になるため、値上がりするまで貯めておいた方が得策だということになります。結果的に、ビットコインキャッシュが支払いに使われる機会は少なくなり、その存在意義が揺らぐことになりました。

それでは、ビットコインが価値貯蔵手段として確立するのを待ってから、交換手段としての利用を拡大する場合はどうでしょうか。この場合でも、保有するユーザーが増えると価格は上昇し、値上がりが続いている間は交換手段として使われません。これはまさに、現在のビットコインの状態です。

ユーザー数がある程度の規模に到達すると、新たにビットコインを購入する人は少数派になり、価格の大幅な上昇は見込めなくなります。この段階に来ると、ビットコインは大規模なユーザー基盤を持ち、かつ価格が安定しているので、交換手段として適した状態になります。

交換手段として利用する人が増えれば、商品やサービスの価格をビットコイン建てで計算する人も現れるようになり、価値の尺度としても機能するようになります。つまり、最初は優れた価値貯蔵手段だったものが、優れた交換手段としても機能するようになり、最後は優れた通貨になることができるという訳です。

ビットコインの真価は不変性

2つ目の教訓は、ビットコインの真価は不変性だということです。ビットコインキャッシュは、ルールを頻繁に変更することで、機能性や利便性を向上させようとしました。しかし、ルール変更のハードルが下がったことで、資金力や影響力のある勢力が恣意的にルールを変えようとしました。その結果が、ビットコインSVやイーキャッシュです。

ビットコインは、同じルールに従うコンピューターの集団だと考えることができます。ルールに従っている限りは誰でも自由に参加できますが、ルールから逸脱した動きは他の参加者から排除されます。ルールを変えるということは、ビットコインのネットワークから抜け出して、新しいネットワークに加わることを意味します。

誰かがルールを変更しようとすれば、新しいアルトコイン「ビットコイン○○」が誕生するだけで、ビットコインのネットワークが変わることはありません。そして、そのビットコイン○○が市場から受け入れられるかは未知数であるため、ビットコインから移行することには大きなリスクが伴います。

ビットコインの参加者は多様かつ複雑な利害関係を持っており、お世辞にも一枚岩とは言い難いシステムです。それでも彼らが一致団結してビットコインを支える理由は、「既存のルールを守れば利益になるが、ルールを変えようとすることはリスクを伴う」という経済合理性によるものです。

ビットコインが機能性や利便性によって支持されているなら、ビットコインキャッシュはとうの昔にビットコインを置き換えていたでしょう。ビットコインの価値を生み出すのは不変性であり、それが保たれているからこそ価値貯蔵手段として機能するのです。

低い送金手数料は持続困難

3つ目の教訓は、低い送金手数料は持続困難であるということです。ユーザーが支払った送金手数料は、ブロック報酬(新規供給されるコイン)と合わせてマイナーの収益になります。送金手数料が安いことは、手数料を支払うユーザー側にとっては魅力的ですが、手数料を受け取るマイナー側にとっては死活問題です。

ビットコインキャッシュが誕生した2017年は、ブロック報酬がまだ高かった(1ブロックあたり12.5BCH)ため、送金手数料が低いことはそれほど問題になりませんでした。しかし、ビットコインキャッシュにも、ビットコインとまったく同じ半減期が存在します。つまり、約4年ごとにブロック報酬は半分に減少し、最終的にはゼロになるということです。

2024年2月現在、ビットコインキャッシュのマイナーが得られる送金手数料は、1日で0.5BCH(約2万円)程度に過ぎないという状態が見られます。ブロック報酬がゼロに近い水準まで下がった時、送金手数料が現在の水準から大幅に上昇しなければ、マイナーの大半が撤退してしまう事態は避けられません。

強固なセキュリティを担保するためには、より多くのマイナーが参加していることが求められます。しかし、マイナーの利益を確保するために送金手数料を引き上げれば、手数料の低さというビットコインキャッシュの存在意義が失われてしまいます。いわば、手数料の低さとセキュリティはトレードオフなのです。

それに対し、ビットコインは「堅牢なセキュリティ」と「低い手数料」を場面によって使い分ける方向に進んでいます。具体的には、高額な取引には堅牢なブロックチェーンを利用し、日常的な少額の支払いには高速・低手数料のライトニングネットワークで済ませるという方法です。

不動産の売買のような高額取引では、堅牢なセキュリティが最も重要になる代わりに、資金が相手に届くまで10分〜1時間程度を要しても問題にはなりません。送金手数料が高騰したとしても、送金金額が多いユーザーは納得するでしょう。つまり、ブロックチェーンは高額取引に向いているのです。

一方、スーパーやカフェでの支払いのような少額取引では、手数料の低さが求められことに加え、決済が数秒で完了することが理想です。さらに、こうした日常的な支払いは高頻度で行われるため、そのすべてをブロックチェーンに記録し、全世界のユーザーと同時に共有することは非現実的でしょう。こうした少額取引には、ライトニングネットワークが適しているのです。

まとめ

ビットコインが分裂した直接の原因は、スケーラビリティ問題を解決するために「ブロックサイズを拡大するか否か」という方向性の違いです。ブロックサイズを拡大することは、容易に処理能力を増やすことができる一方、ビットコインの中央集権化を招く懸念があります。

もっとも、その裏にあるのは「ビットコインとは何か?」という哲学的な思想の違いだと言えます。ブロックサイズの拡大に賛同する陣営は「交換手段」としての機能性や利便性を高めるべきだと考えたのに対し、反対する陣営は「価値貯蔵手段」としての地位を先に確立するべきだと考えました。

両陣営の溝が埋まることはなく、2017年8月にハードフォークでビットコインキャッシュが誕生します。ハードフォーク以前からビットコインを保有していたユーザーは、同数のビットコインキャッシュを入手しました。当時はアルトコインバブルの真っ只中で、ビットコインの送金手数料が高騰していたこともあり、ビットコインキャッシュは脚光を浴びます。

ビットコインキャッシュは交換手段として普及することを目指していましたが、実際に支払いに使われる機会は極めて限定的です。さらに、恣意的なルール変更をめぐって再分裂を起こし、ビットコインSVやイーキャッシュが誕生する結果を招きました。ビットコインのスケーラビリティ問題が改善したことも相まって、ビットコインキャッシュの価格は低迷しています。

ビットコインは、交換手段としての普及を急ぐよりも、価値の貯蔵手段としての地位を確立することを優先すべきです。価値の貯蔵手段には希少性が不可欠であり、それを維持するためには不変性と分散性が必要となります。また、低い送金手数料は持続困難な仕組みであり、少額の支払いはライトニングネットワークを利用することが一般的になるでしょう。

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